本当は丸坊主で過ごしたい話

私は普段、いわゆる坊ちゃん刈りである。物心ついたときからそうだったし、”まあ無難でしょ”という感覚でしかない。

一方で、定期的に髪を切りに行く、というのが本当に面倒くさく、できることなら長さも、切りに行くことも全て自分で管理したい。美容院は時間どおりに行かなければならないし、予約をするのも面倒くさい。

 

せっかく男なのだから、バリカンでまるっと丸坊主にしたい。週に一度くらいバリカンを入れればずっとキープできそうだし、寝癖を治すクソ面倒な朝のルーティンも無くなりそうだ。おしゃれ云々はどうでもいいので、これが最善の解決策だ、と思っているが…

 

そろそろ話し始めている1歳半の娘のことを考えてしまう。○○(娘)ちゃんのお父さん丸坊主ー なんていじられたりしないだろうか。

○○ちゃんのお父さん、なにか悪いことでもしたのかな と勘ぐられたりしないだろうか。 などだ。

 

職場ではいわゆる薄くなってきた、人たちが坊主やスキンヘッドにしたのを見たことがある。潔いし、羨ましい。

32歳の私はもともと多かった白髪が更に多くなってきたくらいで、量に変化はない。薄くなってきたらきたで悲しくなるのかもしれないが、絶対坊主にしたい。

 

すでに他界している私の父は、外出時、いつも髪をきちっとしていた。ジェルでガチッとかためて清潔感があった。その息子なのになんでこうもがさつなのか。せめて娘は容姿を気にするような人になってほしいな、となんとなく思ったよ、という駄文でした。

ティータイムの価値がわかるようになってきた話

31歳までの私は、ティータイムって意味ある?と思っていた。お出かけ途中にするティータイムは休憩として、そこでしか食べられないもの(パフェとか)は食べることに価値があるのは分かっていたが、ティータイムを文字通りお茶を飲む時間として勝ちがあるのだなあ、と32歳の今、やっと分かるようになってきた。

 

今行うティータイムは、娘が眠り、ほっと一息付きたいときに、温かいお茶を飲むことだ。このお茶は少し前に書いためちゃくちゃ美味しいお茶でもいいし、普通のお茶でも、なんなら白湯でもいい。温かいものをゆっくりと口にすることが重要だ。そのなんでもない一連の、ゆっくりとした動きとそれによって感じられる心の平穏がティータイムの価値だ、と感じる。

 

若いときはぼーっとするのはもったいない、本でも読もう!と考えていたし、いまでもそれはそれで正しいと思っている。ただ、仕事、育児とタスクが山積みの中で、もったいない時間を過ごすことも意味があると感じるようになってきた。

 

こういうぼーっとした時間に価値を見出すようになってきたことについて、時分もおとなになってきたな…と感じる一方、ぼーっと余生を過ごすお年寄りになりそうな気もして、ちょっと怖い。

ただ、ゆっくりした時間を過ごすのっていいね、とわかるようになってきたという駄文でした。

中日ドラゴンズのスローガンの話

2022シーズンの中日ドラゴンズのスローガンが、All for Victory となった。

私としては、とてもシンプルでカッコいいと思う。

 

私は落合監督時代に中学〜大学生であり、いわゆる落合信者であると思う。当時のスローガン、Road to Victory は好きだし、球場などで見かけてもカッコいいなーと思っていた。

 

落合監督以後、中日は”再燃”や”復活”など、黄金期再び、というようなスローガンばかりだった。それはそれで、字面がカッコいいなーとは思うが、年々選手が変わる中で昔を思い起こさせることばかり言うのはどうなのか…と疑問もあった。

 

立浪監督の意図などは(調べていないし)わからないのだが、勝利を掴む気持ちをストレートに表現していてとても好きだ。

他球団のスローガンには面白く、笑いを取るようなものもあるが、地味なイメージが有る中日にはこういうシンプルで、真面目なものが、また似合っている気もする。

 

立浪監督になって、来年ころユニフォームは変わらないらしいが、再来年など、徐々に変化していくのを見てみたい。

野球の話題が減る冬ではあるが、すでに試合を見たい、という気持ちから書いた駄文でした。

久しぶりにゲームをさせてもらった話

昨日の土曜日、部屋にこもってテレビゲームをさせてもらった。

”させてもらった”の相手方にいるのは妻だ。

 

ここ3週間の土曜日・日曜日に、妻が実家に帰っていた。家の用事とのことで仕方ないのだが、それぞれ1泊したため、娘は私がみていた。

仕事+育児2日をこなしたため、体力的にとても疲れた。当然妻もそれを分かってくれたため、昨日は一日自由に過ごしてよいという許しを得たわけだ。

 

最初は出かけて、なにか買い物でもしようか、と考えていたが、特段欲しい物もなく(というより欲しいものはネットで買ってしまう性分だ)、寒いので部屋にこもらせてもらった。

やったのはパワプロ2021で、ひたすらペナントをやり、飽きたらマイライフをやる、という暇な大学生のような時間を過ごした。

 

昨年は2人で育休を取り、それぞれ家で自由に過ごす時間があったが、働き始めるとそうもいかなくなった。

 

逆に、妻にも時間を与えねば、とも思うが、実家で良いものを食べているそうなので、まあいいか。

 

今日は妻が仕事、私が娘の相手であるのだが、娘から”また、お父さんか…”という雰囲気を察して少し悲しい。肩車やお馬さんなど、体力の差を見せつけてなんとか1日を乗り切った。

 

あと1週間と少し、年末まで頑張らねば。

帰り道にコンビニがない話

車通勤の私は、帰りにコンビニに寄ることがある。ただ、タイトルのとおり、帰り道にコンビニがない。いや正確には”寄り易いコンビニ”がなくてモヤモヤしている。

 

愛知県の田舎に住んでいるため、通勤路のほとんどが片道一車線だ。できれば左側にある、右折せずに入れるコンビニに行きたい。右折で入るのはいいが、薄暗くなる時間帯に右折で道に入るのが嫌なのだ。

右側にあるコンビニは道中、3つある。ローソン、セブンイレブンファミリーマートでかなり便利である。”帰りに右側ということは朝寄れば左じゃね?”という指摘は正しい。ただ、朝クソ寒い中車を降りて買い物をする気になれない。単なるわがままであるが、一つくらい左側に欲しかった。

 

最近、新しい動きがあった。道中左側に薬局ができた。駐車場も広く、品揃えもいい。お菓子類は安いし、1歳半の娘用のベビーフードも少し扱っている。これはコンビニよりもアタリだったと思う。

加えて、自宅近く、徒歩範囲内にも薬局ができた。まだ行ったことはないのだが、何も実行していないのに得した気分である。

娘と留守番の日に行ってみようか、まだコロナも怖いし、平日にしようか、と思案中だ。

 

少し調べてみると、近年、薬局(ドラッグストア)業界はかなり伸びているらしい。コンビニよりも薬と食べ物(既製品的な?)に特化しているのは時代に合っている気もする。全然知らなかった。

身を持って経済の動向をなんとなく感じたよ、という駄文でした、

本当は昼飯を一人で食べたい話

事務員として働いている私は、2交代制で昼休憩をとっている。

いつもほぼ同じメンバーで休憩に入るため、いつも一緒に昼飯を食べることになる。

 

というのも、こういうのは初めが肝心で、今の部署に移動してきて、まず、「一緒に食うか」となったメンバーが固定されてしまい、抜け出せないでいる。

メンバーは3〜5人で、中には立場が上の人もいるため、気を使わないわけには行かない。本当はスマホでもいじりながら、ときにはボーッとしながらゆっくり昼飯を食いたい。

 

私は、終業時刻に、周りが忙しそうにしていても、”私には関係ありませーん”という感じでさっさと帰る、空気読めない人間を自負しているのだが、それでも昼の時間を断る勇気が出ない。勇気、というより、すごい傲慢なのだが、”昼くらい一緒に過ごしてやるか…”という感覚であるような気もしてきた。

 

部署異動をして2年弱だ。コロナの影響で送別会も歓迎会もない。もともとそういう場でだけは人たらしな私なので、いざ開かれたら楽しめると思うし、送別・歓迎される側なので会費も安いだろうし、ちょっと残念だ。

そういう機会が今まで以上にないからこそ、傲慢な私が全面に出て”一緒に過ごしてやるか…”という心境が誕生したのかもしれない。

 

定例的な忘年会・新年会は嫌だけど、自分が主役になりうる会はやりたい、という、ここでも傲慢さ満載の私であった。

カラスに挨拶している話

私は朝、ゴミ出しをしている。自宅から公園の横に設置されているゴミ捨て場までは歩いて1分ほどだ。ゴミの日、特に燃えるゴミの日はカラスが空を支配している。

 

私は正直なところ、カラスが怖い。見た目もそうだし、賢い点もそうだし、変な病気を持っているかも…というところもだ。

 

タイトルのとおり、私はカラスに挨拶をしている。だいたいは手のひらを見せて「うっす」という感じである。この行動は、生き物への愛情などではなく、不良から身を守るための愛想笑いのような、”襲わないでくれよな!”というビビリの面から生じている。

 

一方で、娘は「かーかー」という単語を覚え、カラスを見かけると、単純にカラスへの興味で、カラスに挨拶(というか指差し)をしている。可愛いとも思うが、私から見れば、のんきだな…とも感じる。1歳半に向けて言う言葉ではないが。

 

考えてみれば、家の周辺で見かける動物には声をかけてしまっている。どこかの飼い猫だったり、尻尾が切れた野良猫だったり、ふいに現れるカマキリだったり。

恩返しも何も求めてはいないが、お互いに平穏にやっていこうぜ、とは言いたいと思っているよ、という駄文でした。