不便なことに趣を感じる話1

私は不便なことを楽しみたい、という気持ちがある。

うまく言い表せられないのだが、一言でいうとそうだ。

 

すでに世の中には”不便益”という言葉を用いて研究をされている方々がいる。ものすごく簡単に言うと不便であることで益を産む(または産むことがある)というもので、そのような書籍を読むととても楽しい。

でも私の気持ちとは少し違う…

 

私は不便であること自体を楽しんだり、なにかいいことがなくても趣を感じる、そんな感覚が気持ちいい。

 

的確に言い表すことができる例えも、今は持ち合わせていないのだが、とにかくそういうことを思いつくたびに書いてみたい。その決意も込めてタイトルに①を付けた。

 

今日そういう感覚になったのは、ラジオをAMラジオしか使えない小型ラジオ機で聴いたときだ。便利さで言えばradikoや感度の良いラジオに軍配が上がる。それでも小さいラジオに趣を感じて少しの時間使っていた。そんな感覚が楽しいし気持ちよかった。

 

そんな感覚をうまく表現したいし、もっと勉強してみたいな、と思っているという駄文でした。